
「じゃーな、西宮(にしみや)」。
硝子(しょうこ)を庇って大けがを負い、眠り続ける将也(しょうや)。
前を向くと決めた硝子は、絶望の中、壊してしまったものを取り戻そうと動き出す。
バラバラになった仲間たちの「こえ」にそっと耳を澄ませる――。
繋がる想い。
そして、再開した映画作り。
時を刻み始めた彼らの世界に、待ち受ける未来は――。
映画化 原作漫画
「じゃーな、西宮(にしみや)」。
硝子(しょうこ)を庇って大けがを負い、眠り続ける将也(しょうや)。
前を向くと決めた硝子は、絶望の中、壊してしまったものを取り戻そうと動き出す。
バラバラになった仲間たちの「こえ」にそっと耳を澄ませる――。
繋がる想い。
そして、再開した映画作り。
時を刻み始めた彼らの世界に、待ち受ける未来は――。
コメント
読み切り版も読みたかったなぁ。
アニメ映画化も決定だそうです!
…そう思っても泣けてくるのは何故なんだろう。
彼らの一つのピリオドは素晴らしい形になったと思います。
そんな上手くいくわけないじゃん。
漫画だから上手くいくんだよ。
現実はそんなに甘くないんだ。
…正直な所、そんな風に思ってしまうくらい、彼らの選択・歩みは出来すぎなくらい明るく希望に満ちています。
それでも、例えそれがフィクションだったとしても、どうしようもなく切なくなるものがあります。
それは多分、ハリウッド映画のように巨大な困難を画期的なアイディアや力で乗り越えたから得られるカタルシスではなく、日々の営みの中で誰もが少しずつ傷つき、けれどしっかり古傷として残りながらも、本当に少しずつ少しずつ癒されながら歩み続けている姿を描いているからじゃないかな、と。
そしてきっと、誰もがそういう経験を持っているからこその共感。
共感。
そう、今の自分と照らし合わせて苦しかったり切なかったり、羨ましかったり妬ましかったり。
それでも、将也や硝子達に幸せになって欲しいと願うのは、きっと自分も幸せになりたいと思うからでしょうか。
彼らのように前向きには生きられないけれど、それでもそんな風に思えたのはこの作品のおかげなのかもしれません。
ていうか、将也、リア充過ぎて共感できねぇ…っ!
彼女が美少女の上に、ボーイッシュ妹、しかも蓮っ葉幼馴染とかありえねぇ…!
うまくまとまったなー。
お母さんズも仲良しで良いですな。
しかし最後の最後まで委員長は好きになれなかったな。
。
。
一人の人間の罪と罰に対して、聲の形は群像劇で、罪と罰というよりは、罪も含めた人間の多面性を、清濁併せ呑むように描き切った。
ヒゲダンのライブ音源の『スタンドバイユー』が似合う最終巻。
5巻あたりは表情で魅せるところが作者としては珍しい。
作者は、かなり冷ややかな高い視点で人間や人間以外に興味を持っている。
『不滅のあなたへ』に行くのは必然に思える。
誰にでも起こりうる一瞬にして強者が弱者に陥れられ、孤独を選ぶ話だ。
孤独である事を賛美もしないし、否定もしない、ただ、人間関係は集団の中で変化し、個人対個人で隠蔽され、非常に見えにくいものであると言う事、見えにくさにうつむいて見ないままで生きていくのもその人の生き方、俯いた頭を上げさせる人が必ず現れるとは限らないのが現実。
自分の事をまず自分で解らないと人の事など解る筈がない。
ここに登場する少年・少女・大人たちは、心底互いを信じている訳ではないかもしれないが、関わろうとすることを止めなければ人間関係は完結する事なく、結論を出す事無く続くのだ、と言う物語だった。
結弦の存在が一服の清涼感を与えている。
これがなければかなり気持ち悪い性格の子ばっかで、物語の本筋を見失って読んだかもしれんなぁ。