
「じゃーな、西宮(にしみや)」。
硝子(しょうこ)を庇って大けがを負い、眠り続ける将也(しょうや)。
前を向くと決めた硝子は、絶望の中、壊してしまったものを取り戻そうと動き出す。
バラバラになった仲間たちの「こえ」にそっと耳を澄ませる――。
繋がる想い。
そして、再開した映画作り。
時を刻み始めた彼らの世界に、待ち受ける未来は――。
映画化 原作漫画
「じゃーな、西宮(にしみや)」。
硝子(しょうこ)を庇って大けがを負い、眠り続ける将也(しょうや)。
前を向くと決めた硝子は、絶望の中、壊してしまったものを取り戻そうと動き出す。
バラバラになった仲間たちの「こえ」にそっと耳を澄ませる――。
繋がる想い。
そして、再開した映画作り。
時を刻み始めた彼らの世界に、待ち受ける未来は――。
コメント
どんな理由であれやっぱりいじめはいけないと思うものの、やってしまった人は許されることはないのだろうか、、強く育ってほしいという願いがあれば厳しく育てても許されるのだろうか。
答えは用意されてないからもやもやしたまま終わる。
人の顔にバツ印が描かれた演出がおもしろい。
さらにそれが取れたり戻ったりするところがどういうことなのか考えたくて読み返したくなる。
一人の人間の罪と罰に対して、聲の形は群像劇で、罪と罰というよりは、罪も含めた人間の多面性を、清濁併せ呑むように描き切った。
ヒゲダンのライブ音源の『スタンドバイユー』が似合う最終巻。
5巻あたりは表情で魅せるところが作者としては珍しい。
作者は、かなり冷ややかな高い視点で人間や人間以外に興味を持っている。
『不滅のあなたへ』に行くのは必然に思える。
トラウマに向き合いそれぞれの進路に旅立っていくキャラクターたち。
この漫画に出会えてよかった。
それでも最後まで読んで、なんだかほっと胸を撫で下ろすような気持ちです。
聾唖の少女をいじめてしまったことで、今度は逆にいじめにあう主人公が、再会した少女との関係を回復していくドラマなのだが、物語は二人の関係の回復にのみ焦点があてられていくのではなく、二人をとりまいていた仲間たちの誰もが実は「声を発することができていなかったのだ」というところにテーマがあるのがミソ。
聾唖のヒロインは、声を出せる者たちが「声を出さないこと」で行き詰まるコミュニケーション不全の姿をあぶりだす触媒となり、やがて二人を取り巻く友人たちが、隠していた本音を「声に出して」ぶつかりあっていく様が圧巻。
いじめによって奪ってしまったヒロインの人生を取り戻すために生きようともがく主人公が、最後にたどりついた境地が、自分が彼女のために何かをしてあげるという関係ではなく、自分が生きていくための手伝いをしてくれる相手であることを彼女にお願いするということで、ふと、お互いが生きていくために手伝いをしていかないと成り立たないのが人間同士なんだな、と当たり前に思っていたことを、実はほんとは良くわかっていなかったことに気づかされてしまった。
聾唖の少女にだって「声を出していることが考えていることのすべてじゃない」こともあるし、当たり障りなく付き合う術としての他人に関心を持たないという生き方や、相手が障がい者だって恋敵なら許さないと真向から「嫌い」と言ってのける生き方。
本作は、アニメっぽい親しみのわく絵柄とそれぞれにコミカルなところがあるキャラ造形で、多彩な人と人の関わり方を、テーマの深さからはちょっと想像できない明朗さの中に描いていくことに成功している。
それにしても最近のまんがの書き手の問題意識の多くが、幼少の頃のディスコミュニケーションにあることをつくづく思い知らされる。
自分も含め「分別のある」大人が、震災後「キズナ、キズナ」としたり顔で語るのを、「そんなものは地震が来る前からとっくに奪われてたし」と思っていた子供(や大人も)たちがどれだけいたのだろうか? それでもそういう社会をとにかく生きていかなければいけないと、前を向いていく本作の主人公とヒロインと仲間たちの聲の形に共感する。