攻殻機動隊 映画化 原作漫画 2026.01.22 草薙素子(くさなぎ・もとこ)が自称知的生命体現象と融合し、公安9課を去ってから4年5カ月。その世界は更に深化! 極めて肉感的に緊迫する電脳バトル!! レビューを見る 購入・お申し込みはこちら
書いてあるセリフやら、7割8割方理解できない笑主に草薙素子(であったもの、またはその一部)の電脳の内部で起こっていることを絵とセリフにしたもの。 第一巻とは全然趣が違うので、途中で挫折する人も多いのではないか、と推測する。もう完全に士郎正宗の頭の中というか、趣味全開に突っ走っている。艶かしい女体の描写が多いのも趣味だろう。こういう女体に様々な姿勢を取らせ様々な角度から描いてみたいという願望である。そこに批判が集まるのも想像できる。 だけどこれを出版したという事実がもうそれは物凄いことなのであって、攻殻機動隊の原作に果てしない奥行と、他人がどう解釈しても追いつかないくらいの深みを与えているんだろう。まだまだこれから先も付随する作品が生まれ続けそうである。 しかし人形使いと融合した草薙素子、ネット上で自分の分身とも呼べる存在(同位体と表現されている)をナンボでも生み出せるようになっていて、それは世界中のどこにでも存在できてどこにでも形をなせる(あくまでネットがあるところなら、だけど)わけで、もうそれは神と言っていいのでは?とは思ったけど、作中ではネットそのものを神のように描いている。素子=ネット=神で、個=全になったと捉えていいのかな、わからないけど。限りなく森羅万象。霊能力者の環の存在がまだちょっとよくわからない。 この作品が理解できる人は頭がいいんだなあ。士郎正宗は天才もしくは狂人ですね。
ゴーストのみの知的生命体となった素子の進化の次の段階。用語と思考が不明でよく理解できず。 珪素生物(の設計書)と融合すると何ができるようになるのか?望み通りの身体を手に入れられるようになるのか?最初の人形使いとの融合で捨てたものをわざわざ?自由に生命を生み出せるようになるのか?この線が近い気はするのだが、それは設計書が出来上がった時点で人類に可能になったことであり、生命の樹が揺らいだのが素子が融合した時点であることと合致しない。そもそも、人形使いと融合した時点で、ゴーストを持った子孫を電脳内に残せるようになってるし、作者は個々の生命の核をゴーストだと考えてこの話を作ってるわけだから、実体のある生命を作れるようになることを殊更センセーショナルに扱う理由がよく分からない。 とここまで書いてようやく一つの解が見えた。素子目線ではなく、人形使い目線で考えるのだ。元々人間の作ったプログラムだった人形使いが、まずはゴーストを得、ついに実態のある生命を手に入れた。そう考えると、たまきが見た最後の場面も納得がいく。
士郎さんの本は昔から読んでいます。女性がきれいで格好良いだけではなく、練りに練った背景設定や緻密で長丁場のストーリー展開などなど、引き込まれ何度も読み返して味わえる漫画。やたらと欄外の書き込みが多く、これも読み返す中で咀嚼(反芻)できる楽しみ。
コメント
今作は電脳空間での話がメインなのでちょっとわかりにくいかも。
でも、一巻との関連をど返しにして見ましょう(笑)
やっぱり、コマの外側気になるよねぇ……
主に草薙素子(であったもの、またはその一部)の電脳の内部で起こっていることを絵とセリフにしたもの。
第一巻とは全然趣が違うので、途中で挫折する人も多いのではないか、と推測する。
もう完全に士郎正宗の頭の中というか、趣味全開に突っ走っている。
艶かしい女体の描写が多いのも趣味だろう。
こういう女体に様々な姿勢を取らせ様々な角度から描いてみたいという願望である。
そこに批判が集まるのも想像できる。
だけどこれを出版したという事実がもうそれは物凄いことなのであって、攻殻機動隊の原作に果てしない奥行と、他人がどう解釈しても追いつかないくらいの深みを与えているんだろう。
まだまだこれから先も付随する作品が生まれ続けそうである。
しかし人形使いと融合した草薙素子、ネット上で自分の分身とも呼べる存在(同位体と表現されている)をナンボでも生み出せるようになっていて、それは世界中のどこにでも存在できてどこにでも形をなせる(あくまでネットがあるところなら、だけど)わけで、もうそれは神と言っていいのでは?とは思ったけど、作中ではネットそのものを神のように描いている。
素子=ネット=神で、個=全になったと捉えていいのかな、わからないけど。
限りなく森羅万象。
霊能力者の環の存在がまだちょっとよくわからない。
この作品が理解できる人は頭がいいんだなあ。
士郎正宗は天才もしくは狂人ですね。
用語と思考が不明でよく理解できず。
珪素生物(の設計書)と融合すると何ができるようになるのか?
望み通りの身体を手に入れられるようになるのか?最初の人形使いとの融合で捨てたものをわざわざ?
自由に生命を生み出せるようになるのか?この線が近い気はするのだが、それは設計書が出来上がった時点で人類に可能になったことであり、生命の樹が揺らいだのが素子が融合した時点であることと合致しない。
そもそも、人形使いと融合した時点で、ゴーストを持った子孫を電脳内に残せるようになってるし、作者は個々の生命の核をゴーストだと考えてこの話を作ってるわけだから、実体のある生命を作れるようになることを殊更センセーショナルに扱う理由がよく分からない。
とここまで書いてようやく一つの解が見えた。
素子目線ではなく、人形使い目線で考えるのだ。
元々人間の作ったプログラムだった人形使いが、まずはゴーストを得、ついに実態のある生命を手に入れた。
そう考えると、たまきが見た最後の場面も納得がいく。
女性がきれいで格好良いだけではなく、練りに練った背景設定や緻密で長丁場のストーリー展開などなど、引き込まれ何度も読み返して味わえる漫画。
やたらと欄外の書き込みが多く、これも読み返す中で咀嚼(反芻)できる楽しみ。