
巨人がすべてを支配する世界。
巨人の餌と化した人類は、巨大な壁を築き、壁外への自由と引き換えに侵略を防いでいた。
だが、名ばかりの平和は壁を越える大巨人の出現により崩れ、絶望の闘いが始まってしまう。
パラディ島以外の土地を踏み潰し、次々と命を奪っていく「地鳴らし」。
一方、エレンの攻撃目標地点を見定めたアルミンやミカサ達。
敵、味方、かつての仲間、数多の命を失いながらもついにエレンに追いつくが……。
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巨人がすべてを支配する世界。
巨人の餌と化した人類は、巨大な壁を築き、壁外への自由と引き換えに侵略を防いでいた。
だが、名ばかりの平和は壁を越える大巨人の出現により崩れ、絶望の闘いが始まってしまう。
パラディ島以外の土地を踏み潰し、次々と命を奪っていく「地鳴らし」。
一方、エレンの攻撃目標地点を見定めたアルミンやミカサ達。
敵、味方、かつての仲間、数多の命を失いながらもついにエレンに追いつくが……。
コメント
進撃の巨人(34) (講談社コミックス)
というよりも、これまではられて来た伏線がこの結末においてどのように回収されているのか、正直なところよく分からない。
今回ももう一度読み直す必要がありそうだ。
進撃の巨人(34) (講談社コミックス)
だいぶ前に序盤で1回脱落して、最近になって一から読み直したんだけど、最初の方と最後の方はもはや別の作品だね…。
ファンタジーだけど、現実以上に現実的。
奇跡のような現象はたくさん起こるのに、都合の良い奇跡は起こらない。
こんな作品が少年漫画として掲載されて、ものすごい数の人に指示されたということが、なんか不思議(ディスってるわけではなく)。
一歩間違ったら大変なことになるのでは?という内容がずっと続くっていう…。
諫山さん、凄いわ。
進撃の巨人(34) (講談社コミックス)
読後は圧倒されて言葉が出てこない。
重厚な歴史書物を読んだみたい。
とにかく壮大なストーリーの中に人間同士の交わりが描かれている。
1話に詰められた伏線が緻密で、作者の構成力に畏れすら抱いてしまう。
後半の巻を読んでいるのにこんなにも1話を繰り返し見たくなる漫画は初めて。
長期連載で大量の伏線と回収を成し遂げているのが凄すぎる…………
なんでもない場面の印象の付け方もすごい。
序盤でなんとなく印象に残ったシーンがあとに出てきたりする。
当たり前だが、読者の記憶に残っていないと伏線に気づいてもらえないが、1つひとつの小さな出来事の描き方が頭に残るのであとで気づきやすい。
「絶望」の描き方がうまい…
そして全巻通しておもしろい。
長編ものだと、特定の◯◯編が好みなどといった話があるが、進撃の巨人は全てが物語の真髄に繋がる重要な要素が詰め込まれている。
あとたまに出てくる小ボケや巻末のネタとの温度差に風邪引く。
キャラは、クリスタ、アニ、サシャ、ハンジ、リヴァイが特に好きかも。
↓ここからこれまでの物語について触れています↓
巨人VS人間という二項対立の話かと思えば、政治、宗教などの話が絡んできて、人間同士の争いや、次第に人種、差別、文化、歴史の遺恨など様々な要素が絡み合うのが面白かったしとても考えさせられた。
フィクション作品であるが読者も自分や周りのこととして捉え、重ねてしまう。
登場人物たちが必死に生き、自分の正義を信じ、叫ぶ姿に引き込まれる。
マレー編を見ると進撃の巨人の物語への見方が180℃変わる。
この作品には絶対悪がいない。
見方によって善であり悪になる。
その裏側には一面的な歴史教育の問題もある。
そんな世界でエレンを悪の象徴に仕立てる展開も見事だが、完全なハッピーエンドにはならず、のちに人が争う歴史は繰り返すことを暗示させるラストが好き。
私たちは、戦争は良くないことだと認識しているが、
実際に戦場に巻き込まれ、政府に命じられ、周りの空気に煽られたら、戦場に出ることを名誉だと思うのかもしれない。
戦争の悲惨さを伝えていくことの大切さも同時に感じた。
絶望の物語の中で求められる即座の選択の必要性は個人的に刺さった。
選択を強いられる登場人物たちの葛藤や後悔もリアル。
また、自由、愛、生きることなどの普遍的で人間味があるテーマが根底にあるのが良い。
だからこそ考えさせられるし、物語に引き込まれる。
エレンは自由を求めていながらも未来を見て、それを変えられない不自由さが良いなと思った。
自由であり不自由。
進撃の巨人(34) (講談社コミックス)
平成漫画界の巨人的連載が眠りについた今、もう一度二千年後の君へ会いにいこうと思う。
進撃の巨人(34) (講談社コミックス)
傑作。
このマンガを読んだからと言って、貴方が賢くなるわけではない。
この残酷な「貴方の世界」の仕組みが分かるわけではない。
この残酷な「貴方の世界」の過去や未来が分かるわけではない。
例えば、32巻でマーレのマガト元帥は、マーレの正義を語ったことをエルディア人に率直に謝っている。
「同じ民族という理由で過去の罪を着せられることは間違っている」
マーレ人は、巨人能力で過去に大殺戮を行ったエルディア人をずっと恐れて「悪魔の民族」と呼んでいた。
一方で、その力を利用し支配し侵略の道具としようとしていたのである。
作者は、今までお互い戦ってきたマーレ側とエルディア側とが共闘を組む直前に、お互い言いたいことを言い合う場面を作った。
エルミンは、死地に赴こうとする元帥に言う。
「手も汚さず、正しくあろうとするのは断りたい(←私も手を汚す)」。
「この物語において」の「落とし所」はこうだったのかもしれない。
けれども、それが世界の(例えば日本とか韓国とかの)民族対立の「落とし所」になるかと言うと全然ならない。
例えば、パラディ島の壁内世界の話は、「ひきこもり問題」「イジメ問題」「ブラック企業問題」を反映していると思ってはいけない。
例えば、マーレ攻略を目指して、調査兵団側と反マーレ義勇兵の分裂は、日本戦中の皇道派と統制派を想起させる。
「地鳴らし」という巨人最後の手段は核兵器等の究極兵器を想起させる。
また、それが「抑止力」という考えにも繋がっている。
「悪魔のエルディア人教育」は、かつてのいや、これからの洗脳教育をも想起させる。
‥‥でも、それをいくら分析しても、現代の問題の分析には役立たないだろう。
それでも、いやそれだからこそ、「進撃の巨人全34巻」は、物語で完結していて普遍性を持っているということもできるだろう。
現代世界を寓話で鋭く批判すれば、その射程は数十年間しか保てない。
「ガリヴァー旅行記」のように、現代社会から離れれば離れるほどに、その射程は遠くまで延びるだろう。
このマンガは、平成時代後期の代表的な漫画として確固とした地位を築くだろう。
最後の16頁は、「天と地の戦い」の後の「人類」のおそらく100年間の歴史を駆け足で見せた。
アルミンの予想通り、戦いを終わらせた彼らはいっときの平和をもたらしたが、戦争がなくなるわけではない。
最後の場面が、自然と少年だったのは、作者の立ち位置がわかった。
「良きかな」と思う。