
◎夜神月とLの結末のその後を描いた「Cキラ編」 ◎死神リュークと出遭った田中実が驚くべき方法でデスノートを使った「aキラ編」 ◎最初のデスノートの物語「鏡太郎編」 ◎Lの日常と過去「L―One Day」「L―The Wammy’s House」 上記の読切他を収録した珠玉の短編集。
実写化 原作漫画
◎夜神月とLの結末のその後を描いた「Cキラ編」 ◎死神リュークと出遭った田中実が驚くべき方法でデスノートを使った「aキラ編」 ◎最初のデスノートの物語「鏡太郎編」 ◎Lの日常と過去「L―One Day」「L―The Wammy’s House」 上記の読切他を収録した珠玉の短編集。
コメント
本編を読んでた頃を懐かしく思い出した。
cキラ、aキラ編が良かった。
ニアって好きになれなかったんだけど、ちょっと青年になった彼の成長とまだあの指人形使ってるのが可愛いって思ったよね。
中途半端なやり方は許さない、自分と対等に勝負が出来ない奴はそれに値しない、ライトと同じく信念なり考えがないと釣り合わない、釣り合わせないってとこかな。
田中実のように、新たな思考能力を持って形の違う使い方をさせたのは斬新だった。
どうやったら、こんな風に思い付くんだろう。
長髪になったニアが登場したのにはびっくりした!
ちょっとカッコイイよね(笑)
でも、退屈そう…待ってるのかな、あの時のような自分を奮い起たせてくれる誰かを。
田中実が死んだのは予想外だったけど、いくら人間が優れた知識を振るおうとも、死神(大王)がデスノートの所有権を持っているのは変わりなく、不都合があれば改訂される、結局は理不尽な上に成り立ってるんだって思う。
4コマ漫画の中では「芸」が1番笑えた。
令和の世を舞台にしてLとキラの頭脳戦を連載でやって欲しいと思った。
知らなかったが地球っこさんから現代編が短編で描かれていると教えてもらって紐解いた。
果たして「究極」になり得たか?
読了後、原作者の大葉つぐみは、もうこれ以上の続編を作る意思は無いと思った。
根拠は末尾に述べる。
「究極の殺●兵器」になる根拠は、二代目「L」(ニア)がもし、デスノート所有者の場所や名前を特定できなければ、絶対捕まえることは出来ないと考えたからである。
初動さえ間違えず、慎重に行動さえすれば完璧に違いない、と思った。
ところが、2008年に発表された「cキラ編」では、表面的にはその行動を起こしていた(c=チープ)キラに対してニアは、ある方法によって「排除する」ことに成功する。
私は、コレは「たまたま」だと理解しているが、もはや「マンガ的には」同じようなタイプの所有者は存在出来ないだろう。
「aキラ編」は2019年の設定である。
ほぼ現代だ。
もはや、以前のようにネットを使った連絡や発表や工作は全て筒抜けになることを前提として作られている。
もはや、デスノートの実在は国家間では「公然の秘密」になっている。
本来ならば、戸籍上の名前は「超重要情報」なので、新・個人情報保護法により厳重管理する法律が作られるべきだ。
漫画を見る限りでは、作った形跡はない。
政治家は年寄りばかりなので「自分にとっては作っても手遅れ」、死なば諸共作る気はないのだろう。
aキラは、ニアも認めるある方法によりデスノートを「使った」。
ニアは初めて敗北を認める。
しかし今更云うのもなんだけど、デスノートは核兵器のような「究極兵器」ではない。
勿論その存在インパクトは核兵器よりも更に大きいけど(名前さえわかれば相手国元首をテロし放題)、ひとつ大きな違いがある。
夜神月がリュークの気まぐれで死んだように、デスノートの最後の管轄は人間にはないのである。
結局、最後の最後で「人の死」は運命に委ねられている。
今回は物語の規模を国家規模まで大きくしてしまった。
それはデスノートの性格から当然の帰結ではあるのだが、だからこそこの結末にしたことで私は「詰んだ」と思った。
もはやデスノートを使って、王将戦の如く棋譜を詰めて行っても「意味ない」と作者が宣言したようなものである。
結局「人の死」は「運命」なのだ。
以上が、新たな「DEATH NOTE」は生まれない、と私が推測する所以である。
作者は本当に頭がいいなぁ、デスノートをこう使うのか……!
と驚きました。
過去回想ですが、キラとLもでてきて嬉しかったです
デスノートのその後の世界が見れて嬉しい
連載前の読切はデスノートより子供向けの内容になってたけど面白かった