
ほんとうはすべて知っていた。
心の底流(undercurrent)が導く結末を。
夫が失踪し、家業の銭湯も手につかず、途方に暮れる女。
やがて銭湯を再開した女を、目立たず語らずひっそりと支える男。
穏やかな日々の底で悲劇と喜劇が交差し、出会って離れる人間の、充実感と喪失感が深く流れる。
映画一本よりなお深い、至福の漫画体験を約束します。
「今、最も読まれるべき漫画はこれだ!
すでに四季賞受賞作で確信していたその物語性と演出力に驚く。
豊田徹也は心の底流に潜む、なにかの正体を求めるように静かに語る。
」――(谷口ジロー)


コメント
アンダーカレント アフタヌーンKCDX
雑誌を見てもすぐに読み飛ばしてしまう。
年のせいだと思っていたが、この本は珍しく1コマも読み飛ばさずに最後まで一気に読んだ。
一見地味に見える絵やストーリーなのに、実はかなり考え込まれて作られているのだろうか。
でもサラっと読める。
そして読みたい時に、すぐに読みたい所へ戻って読める漫画の特性を生かした話になっている。
最後まで読み終わって、また最初から読んだ。
アンダーカレント アフタヌーンKCDX
読んだあとはしばらくずんと心になにか残ります
アンダーカレント アフタヌーンKCDX
という話ですが、心理学・コミュニケーション論の
「ジョハリの窓」を思い起こしながら読んだ。
この題名は、あるアルバムからとったっぽいです。
お話の舞台が銭湯だったりするんですが、
いまどき木材を使ってお湯を沸かしてるところって
東京でどれくらいあるんでしょうね?
主人公が雇った探偵の乗ってる車が
フィアット・パンダだったりして
いつの時代かよくわからなかったりする。
(生産年数が長いし、中古でも出回ってるし)
そういうところも狙ったんでしょうか。
アンダーカレント アフタヌーンKCDX
1巻読み切りでバランスよくまとまっている。
舞台が風呂屋っていうのが地味でよい。
アンダーカレント アフタヌーンKCDX
って感じ。
夫婦も所詮他人何だからわからない事だらけだよねってお話。