
常磐(ときわ)と生きていくため、仲村(なかむら)に会いに行くと決めた春日(かすが)。
海沿いの町で穏やかに暮らす仲村と、春日は3年半ぶりの再会を果たす。
夏祭りの日、あの瞬間まで春日は信じていた。
仲村と二人‘クソムシの海’から抜け出すのだと……。
それは、ずっと春日の心を過去に縛り付けていた疑問。
かつて二人で見た夕焼けと同じ空の下、春日はあの時、自分を突き飛ばした理由を仲村に問いかけるが……!
映画化 原作漫画
常磐(ときわ)と生きていくため、仲村(なかむら)に会いに行くと決めた春日(かすが)。
海沿いの町で穏やかに暮らす仲村と、春日は3年半ぶりの再会を果たす。
夏祭りの日、あの瞬間まで春日は信じていた。
仲村と二人‘クソムシの海’から抜け出すのだと……。
それは、ずっと春日の心を過去に縛り付けていた疑問。
かつて二人で見た夕焼けと同じ空の下、春日はあの時、自分を突き飛ばした理由を仲村に問いかけるが……!
コメント
そんな作品だった。
とくに最終話は、様々に解釈可能なものではあるんだけど、私にとっては、勝手にこういうことだと確信を持ってしまうものだった。
以下はそんな一読者が勝手に感じた確信と思ってください。
主人公春日の視点から見た仲村は、ずっと、普通の人とは違う、得体の知れない怪物のようだった。
だからこそそこに何かこの世の真理のようなものすら投影して、自分が思っても言葉に出来なかった(あるいは自分がもやもやと感じているような気がしながらもうまく言語化すら出来なかった)ことを代弁してくれるように感じた。
だから、それは春日の目にひどく魅力的に映りながらも、理解を超えたものであった。
その理解しがたさ、手の届かない感覚はずっと春日を苦しめて、それと同時に、惹き付けた。
それはやはり、彼にとっての物語では最後までそうだったろうと思う。
もちろんそれは春日の視点を借りたわたしたち読者にとっても同じことだった。
最終話は、幻想でも56話のような夢でもなくて、そんな仲村の「あのときの」視点なのだと思った。
だから、あんなにも理解を超えたものだった、春日を含めて誰に対しても心を開いていないように見えた仲村も、他のすべてが同じ空っぽで蠢くものの中にあって、「あのとき」から春日だけは血の通った人間として、眩しく生々しく感じることが出来ていたんだと思った。
それは最後の最後で仲村と春日の出会いに意味を与える、読者にさしだされた救いの手のようだった。
結局は思春期の不安定な精神世界だけが面白かっただけで、第二部はそれを収束させただけのようだ。
ただ中村さんだけはさらに冥府魔道をいくのだろうか、しかし物語はリフレインすることで終わってしまった。
ちょっと期待はずれ。
どちらもファム・ファタールに出会った少年が悲劇的な恋愛を通して成長するという 同じ物語を描いてるんだけど、作者の資質これだけ読書感が変わるのが面白い。
僕は個人的に『あの人には、あの人の人生があり、自分の思い込みとは関係なしに、勝手に成長したり救済されていたりする』という現実を描いた『悪の華』の結論の方が自分には合っているな…と感じました。
覚悟して読んだものの、意外と読後が悪くなくてビックリ。
みんなそれぞれに幸せになった…ということでいいのかな。
青春だなあ。
(/ω\)
最終話を読んで、もう一度最初から悪の華を読むと違った観点で読めそうです。
そしてもう少し続くと思っていたので完結が寂しいです。
高校編もう一波乱あると思った。
終わり方としては、盛り上がりには欠けるけど下手に話を盛り上げてチープな作品になるよりは、これはこれで良かった。