聲の形

「じゃーな、西宮(にしみや)」。
硝子(しょうこ)を庇って大けがを負い、眠り続ける将也(しょうや)。
前を向くと決めた硝子は、絶望の中、壊してしまったものを取り戻そうと動き出す。
バラバラになった仲間たちの「こえ」にそっと耳を澄ませる――。
繋がる想い。
そして、再開した映画作り。
時を刻み始めた彼らの世界に、待ち受ける未来は――。

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コメント

  1. user より:

    このシリーズを初めて読んだのは、2巻が出た頃だったと思う。
    その頃に「今一番面白いと言っても過言ではない」というような感想を書いたが、最終巻まで読み終わった今、「ほら、やっぱり面白かった」という気分だ。

    主人公やヒロインが直面するいじめや、人間関係の描写は読者の心をえぐり、ひきずり出すほど生々しく、誰もが経験したことのあるであろう「気まずい感覚」を思い起こさせる。
    そして彼らが人間関係という見えない敵に立ち向かっていく様に、どうしようもなく心揺さぶられるのだ。

  2. user より:

    手話を少しやっていて、勉強にもなると思い読んでいました。
    もっとたくさんの人に読んでもらってこんな世界があるんだなって感じてもらえたらと思います♪
    もっと手話の勉強して聾者さんとあんな風に話したいなと思わせられる作品でした!
  3. user より:

    この秋に話題のアニメ映画を3つ観た。

    「君の名は。

    「この世界の片隅に」
    それと、この「聲の形」
    こうの史代さんのコミックはファンだから読んでいた。

    君の名は。
    と この「聲の形」は予備知識が少ないまま観に行った。

    それが良かった。

    映画を観てから原作の「聲の形」全7巻を、やっと読了した。

    映画には出てこないエピソードもあり、それなりに重いんだけれども、楽しめた。

    そう、重い。

    途中で、なぜ、こんな重いんだと、休憩しながら読んだ。

    「障がい」と「いじめ」がポイントだろうか。

    こころに、残る。

    そんなコミックだ。

  4. user より:

    声を発することができる者は、声に出して言うことと声に出さないで思っていることを、実は使い分けている。
    聾唖の少女をいじめてしまったことで、今度は逆にいじめにあう主人公が、再会した少女との関係を回復していくドラマなのだが、物語は二人の関係の回復にのみ焦点があてられていくのではなく、二人をとりまいていた仲間たちの誰もが実は「声を発することができていなかったのだ」というところにテーマがあるのがミソ。
    聾唖のヒロインは、声を出せる者たちが「声を出さないこと」で行き詰まるコミュニケーション不全の姿をあぶりだす触媒となり、やがて二人を取り巻く友人たちが、隠していた本音を「声に出して」ぶつかりあっていく様が圧巻。
    いじめによって奪ってしまったヒロインの人生を取り戻すために生きようともがく主人公が、最後にたどりついた境地が、自分が彼女のために何かをしてあげるという関係ではなく、自分が生きていくための手伝いをしてくれる相手であることを彼女にお願いするということで、ふと、お互いが生きていくために手伝いをしていかないと成り立たないのが人間同士なんだな、と当たり前に思っていたことを、実はほんとは良くわかっていなかったことに気づかされてしまった。
    聾唖の少女にだって「声を出していることが考えていることのすべてじゃない」こともあるし、当たり障りなく付き合う術としての他人に関心を持たないという生き方や、相手が障がい者だって恋敵なら許さないと真向から「嫌い」と言ってのける生き方。
    本作は、アニメっぽい親しみのわく絵柄とそれぞれにコミカルなところがあるキャラ造形で、多彩な人と人の関わり方を、テーマの深さからはちょっと想像できない明朗さの中に描いていくことに成功している。
    それにしても最近のまんがの書き手の問題意識の多くが、幼少の頃のディスコミュニケーションにあることをつくづく思い知らされる。
    自分も含め「分別のある」大人が、震災後「キズナ、キズナ」としたり顔で語るのを、「そんなものは地震が来る前からとっくに奪われてたし」と思っていた子供(や大人も)たちがどれだけいたのだろうか? それでもそういう社会をとにかく生きていかなければいけないと、前を向いていく本作の主人公とヒロインと仲間たちの聲の形に共感する。
  5. user より:

    1巻から一気読みにて読了。
    読みやすかった。

    全巻通してダラケや割愛などといったムラがないから、全力で主人公にのめりこめる。
    個人的には西宮のお母さんが原因かと読み進めていたけど、いじめられる西宮本人の内面までをも原因のひとつとしてつきだし、最終巻まで、誰が、何が悪と直接的な原因として決めつけていなかった。

    この最終7巻では、登場人物の今後がわかりやすく希望的に描かれていた。
    ラストまで登場人物の性格や立ち位置そのままなのが、現実的で特に良かった。
    走馬灯のようなムダな回想もなく、最終巻の名に恥じない、堂々とした見事な回収っぷりに脱帽。

    これまでを振り返ると、川井や小学生時代の担任の描写がひときわ印象深かった。
    彼らはいたって普通だし、場面での言動も模範的なものである。
    しかし主人公(読み手)の感情との奇妙な、なんともグロいズレを感じるのだ。

    例えば、「入院している主人公のために、千羽鶴を届けよう。
    」という川井の提案。
    この提案が、私が感じたズレによるグロさを端的に表している。
    一見すると至極まっとうな提案だが、川井は千羽の鶴を折って届けることをミッションとしてしまっている。
    そのミッション完遂に満足するのは誰なのか。
    だから彼女は、折り鶴が千羽に満たないことを主人公に詫びるのだ。
    これでは病床の主人公のために、という本来の目的を失っている。

    ふと私は、一時期話題になったアイスバケツチャレンジの動画を思い出していた。

    主人公が川井のことを真正面から「気持ち悪い」と言う場面では、胸のすく思いがした。

    きっとこのズレが、いじめがはらむ本当の悪なんだろうと私は読み取った。

    圧巻はやはり6巻の西宮回。
    ここで西宮からみた日常を初めて知るんだけど、もどかしさに不覚にも潤んでしまった。

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